お宮参りとは

子供の事を「子宝」や「神様の預かりもの」といわれます。

昔の人は、自分の子供でも
「神様の子を預かり、一人前になるまで神様に代わって育てる」という気持ちがありました。

ですので、赤ちゃんの誕生はその家だけのお祝い事だけではなく、村を挙げてのお祝い事でした。
村の一員として生まれた赤ちゃんを近所の神社「氏神様」へ、子供を預かったことの感謝、
そして子供の成長を祈願しに行くことを「産神参り」や「産土神」と呼んでいました。

今は少なくなりましたが、昔は赤ちゃんの生命が二日三日と儚いことが多々ありました。
何とかして赤ちゃんが天に帰ることなく、また悪霊にさらわれることがないよう、
わざとお古のぼろ着を身につけさせたり、名を「お捨て」「拾い」などと呼んでいました。

やっと神様の子、赤ちゃんが何とか生き永らえ自分の力でこの世に生まれてくる兆しが
見えたとき、生後初めて家の外へと出ることが出来る行事が、お宮参りです。

昔の親は「神様の子を神様に代わって育てる」という意識があったため、溺愛することなく、
世の中に出しても「恥ずかしくない」、「人様に迷惑を掛けない」人間に育てることを目標に
「躾」という形で教育をする誓いの意味で、お宮参りをしていたのかもしれません。

(予断ですが…)
子供を叱るときに「この宝物、この宝物」といって叱る地方もあると聞きました。
きっと子供のことを「子宝」、「神様の預かりもの」と捉えていることから、
そのように叱るのかもしれませんね。

さて、「産神参り」や「産土神」から、「お宮参り」という呼び方になったのは、
室町時代の足利義満の頃からと云われています。

お産の後日常生活に戻る「色直し」の後の吉日を選び、その家の氏神様に母子共にお参りし、
晴れて子供の氏入りを済ませた後に、部屋にも飾り付けし産神をお参りするようになりました。

そののち江戸時代の徳川家綱の頃、お宮参りの帰途に大老井伊掃部頭宅へ挨拶に立ち寄る風習が出来ました。それ以降、庶民の間にも親戚、知人宅にお宮参りの報告と挨拶に伺う風習が広まりました。

RSS2.0